手術失敗の判明と自分に委ねられた今後の選択
こんにちは。昨日の続きになります、、
別の病院を紹介してもらうことになったので、すぐにその病院へ向かいました。
一時間ほどで到着。受付を済ませまずレントゲン、CTを撮ることに。
その後診察までどれくらいかかったでしょうか。なんでもその先生が診察を行っているのが火曜日しかないらしく、非常に混み合っている様子でした。
病院についてから2時間半ほどでしょうか、ついに名前を呼ばれ診察室へ。
どんな話をされようと冷静であろうと決意しながら臨んだ診察でした。
そこでドクターから伝えられたのは
・手術のできが非常によくないということ
具体的には折れた脛骨を締めているプレートが全く機能していなく、骨折部位に隙一般的に
また膝の関節面(プラトー)がガタガタしていて大きな負荷となっている
・このままでは早期の人工関節のリスクがあること
膝に対する負荷の高さから、日常生活の中でも軟骨の消耗や半月板へのダメージが考えられ、10年20年ほどで人工関節を必要とする体になるだろうと指摘されました。
ただ人工関節の耐用年数は20年ほどであり、一般的に取り換えるものではないらしく、将来的に歩けなくなる可能性があるとのことです。
・再手術は相当な大手術となるということ
前回の手術から2か月以上たっており、骨の癒合が進んでいたため一筋縄ではいかないようです。プレートを外し、くっつきかけている骨をのこで切り、再度プレートで止めるという手術になるそうです。
手術時間の予想はおよそ6時間、前回の手術が90分で終わったことを考えるといかに難しいものなのかわかりますね、、
またこの手術を受けたとしても、足の状態が術前よりよくなる保証はないとのことです。悪くなることはなくと、期待していたような結果は得られない可能性がある。
この3点だったでしょうか、自分が覚えている範囲では。
とにかくスポーツ復帰以前の問題だったわけですね、当時の心境はあまり覚えていません。
余談ですがその日は私の誕生日で、17:30から彼女がお店を予約してくれていました。ただ診察が長引きその時間に間に合わなさそなことが気がかりで、再手術どうだらは意識していなかったですね。
結局18:00に変更してもらい、本当は着替えていきたかったのですが部活のスウェットでそのお店に行くことに。
本当にごめんなさい。私のためにせっかく予約してくれて、時間変更までしてもらって、なのにまともな服すら着ていけなくて。
デート中もどこか上の空でした。ごめん、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
話がそれましたが私に委ねられた選択は、
・少しでも良くなる可能性にかけて手術を受ける
・現状のままリハビリでの治療をしていく
という二つでした。
どれだけあの場で手術を受けない、という返答をしたかったことでしょうか。
手術を受けるということは今までの治療をすべてなかったものとし、また0からのスタートを意味しています。
術後の強烈な吐き気、不快感。足に体重をかけられない期間がまた8週間。
私が頑張った2か月すべてを否定することになります。
書いていて苦しくなってきたのでこの辺で終わります。
この翌週に母親と改めて説明を聞きに行くのですが、この話はまた今度。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
手術失敗からアメフト復帰を目指す
こんにちは。今日から日記としてブログを書いていきます。
不定期更新につき悪しからず、、、
まずは簡単に自己紹介と現状を
とある国立大学に通うごく普通の大学2年生です。
高校まではラグビー部に所属し、大学からアメフトの道へと進みました。
2年生の夏の試合中、相手選手との激しい接触によりグラウンドに倒れこむ。
その後救急外来を受診し「左脛骨高原骨折」との診断を受け、翌日に地元の病院で手術を行いました。
4週間の入院とリハビリ生活。決してつらくなかったわけではありませんが、いち早くアメフトに復帰したいという思いから何とか頑張れていました。
そして退院。今後のことも考えて、部活と提携している病院でリハビリを行うことになりました。手術をしたのが8/28、新しい病院に初めて行った日が10/22です。
その日はただリハビリをするだけ、診察を受ける前はそう思っていました。
そこでドクターから告げられたのは手術した部位の状態が非常に良くないということでした。細かい話はまた別の機会に書きますが、このままでは若いうちから膝の人工関節が必要になる可能性がある、、、等々。
他の医者と協議するからまた来週来てくれとのこと。私の頭は真っ白です。その日のことは何も覚えていません。ショックを受けるというよりは理解が追い付かないというか。
内心その医者を疑っていたのでしょうか、その時の自分には再手術を受けるという選択肢はみじんもありませんでした。手術してくれた医者と初対面の医者のを比べたときに、前者を信じたい思いが強かったのだと思います。
そして翌週の診察日、どんな結果を伝えられるかと身構えていた私に医師から伝えられたのは
「名医を紹介するからそこで見解を聞いておいで」
という言葉でした。
この名医のもとを訪ねた話は次回にします。
ここまでご覧いただきありがとうございます。自分のメンタルが続く限り更新していきますので、よろしければ今後もよろしくお願いします。